|
|
今や、元寇の役、戦国時代、幕末動乱、日露戦争、そして大東亜戦争時と並んで過去の歴史の中でも最大の難問山積の国難に直面しつつあるようです。目下、戦後のあらゆるシステムが制度疲労を起こして、適切な解決策も見出せない中で迷走し、また改革の理念や目的、意義なども曖昧なままに、国民的理解を得られずに、次第に破局ないし崩壊に向かっているように懸念するものです。
そもそも、現在の危機が目に見えにくいこともあって、現状に対する正しい認識に乏しく、現状分析能力から正しい解決策に至る思考や行動に大きく問題があるように思います。国家自体にも国家戦略的な危機管理がなく、国民全体にも危機感が全くなく、国家主権の喪失すら感じられるのが最大の危機でもあります。
然るに、今時の難局に対して、一体何が大きな障害として根底に横たわっており、何を排除し改訂していかねばならないのでしょうか。思うに、崇高で立派で真正な法制度を確立するのが大切なのは当然ですが、現在の破綻する寸前の状況にまで追い込んだ最大の元凶である原因を考え、また改革を実行するために最大の障害となっている要因にメスを入れてみることが大切ではないでしょうか。
そして、幾多の法制度の改革とは言いながら、それらを正しく解釈し運用していくには、やはり、正しい心魂で実施していくのは当然であり、そうなると、根底には国民や関係者の心理や行動が大きく関係しており、どうしても意識の変革こそ最大の要因ともなってくるように思います。
さてズバリ申せば、今時の変革の最大の対象こそ、実に国民意識であり、この最大の背景や要因こそ、既に多くの有識者から指摘されているように、官僚の意識構造であり、俗に言う、役人根性であり島国根性であろうと思います。
官僚社会は、焦らず、慌てず、争わず、また遅れず、休まず、急がず(働かず)と揶揄されるように、曖昧模糊とした無責任体質、調和を重視し批判を封じる集団主義、無節操・無定見な変節漢、冷淡で無慈悲で無関心な非人間的社会、猜疑心旺盛で近視眼的、形式を重視し個性排除の陰鬱な社会、出る杭は打て・沈黙は金・長いものには巻かれろの自己主張させない閉鎖的な社会、内向き・後ろ向きで縮みの消極性、足の引っ張り合いで嫉妬や妬みの充満する葛藤社会、裏切り・密告の横行する社会、一般常識と乖離し建前と本音を巧妙に使い分ける社会、頑迷固陋の教条主義、換骨奪胎や骨抜き・誤魔化し・二枚舌で詭弁を弄する狡猾性、全てを曖昧に相対化する意識、実質・内容よりも形式・外見・メンツ・世間体・序列に囚われ拘る社会、虚栄・虚飾に満ちた形式主義で本質を読めない近視眼的島国根性、創造や挑戦よりも先例・前例主義・安定志向・減点主義の事勿れ主義、難問回避で問題解決先送りの体質などが蔓延しているようです。もっとも、愚直性や硬直性、くそ丁寧、ばか丁寧、くそ真面目、ばか真面目などばかりでもなく、健気で律儀、勤勉性、実直性を有しているという二重性もあります。
こうした大方の非常識極まる役人根性に共通するものは、大した改革志向はなく、現状維持の保守主義であり、既得権益の維持であり、閉鎖的な自分中心の利益追求であり、それらが天下り優先の政策を実施しているものでしょう。これは米国ならば、一番優秀な者はチャレンジ精神を発揮して自らベンチャービジネスを起こし、その次は他のベンチャー企業や中小企業に参加し、そして大企業に行き、最後に官僚になるというものです。
然るに、日本では全く逆であり、ペーパーテストと点取り学業の優秀な者ほど、最も安定した官僚の世界に行き、安定した政策を担当し、三権分立でありながら、自ら法案を作成して国会に上程し、往々にして、交換人事などで裁判にも影響を及ぼしていく傾向があります。今や官僚的意識構造は、二世、三世議員や官僚出身者の増加を反映して、政治の世界にも及んで政治の官僚化をもたらしており、また民間世界でも官僚以上に官僚的世界が蔓延しているのが現実でありましょう。
しかし、この官僚的気質の役人根性なるものこそ、実に本質的には日本人全体に共通する国民性そのものであります。たまたま、官僚の世界でこそ、顕著に特性が表れているというだけであり、誰が役人になっても、即ち、同じような権威や権力を行使する境遇に至れば、同じような気質を発揮するものであります。
実に国民社会全体に、甘えや集り、もたれ合い、馴れ合い、つるみ合いのまあまあ、なあなあの野合・談合社会を形成し、個性を確立できずに排除否定する集団主義を生産し、批判や自己主張を封じる無責任の横行する似非調和主義、挑戦や競争を本質的に嫌悪し排除する現状固定主義、そして嫉妬や妬みによって出る杭を打つ画一的で横並び意識、個性尊重の創造精神よりも無節操で無定見な模倣・盗用社会の似非活力ある社会を蔓延させていると言えるでしょう。
即ち、今や国民全体が頑迷固陋に現状維持の既得権益者であり、改革の抵抗勢力となっていると言えるでしょう。今や歴史的難局に際して、種々の法制度の改革の根底に存在する要因こそ、実に歴史的に育成されてきた国民性の大変革に他ならないと指摘する所以でもあります。
かつてソ連崩壊に伴いソ連の初代大統領になったゴルバチョフ氏に、日本人記者が「ソ連では共産主義が失敗しましたね」と聞いた折に、彼は「確かにソ連では共産主義は失敗したが、世界で唯一、共産主義が成功した国がある、それは日本だ」と言ったことが伝えられているように、日本は実に創造や起業、競争、挑戦を原則とした資本主義と言うよりも、株式の相互保有の面を考えても、資本主義という仮面を被って、官僚主導の画一的平等主義を追求し、護送船団方式を実践してきた共産主義国家であると言えるでしょう。
戦後、米国占領軍司令部の最高指導者マッカーサーは、財閥解体、軍国主義解体の大改革を実施しましたが、幸か不幸か、官僚機構だけは、占領政策の推進のために利用し、そのまま温存してしまったようです。
この官僚機構は戦時体制であり、国家社会主義体制でもあり、高度経済成長には、集団主義、護送船団方式、キャッチアップ方式、画一的横並びの競争主義である程度貢献したものですが、既に一九九〇年のバブル崩壊以後、長引く経済の低迷と共に、一向に進展しない状況に対し、これまでの体制が制度疲労をきたし大きく行き詰まってきたようです。
即ち、外国に手本があり、国民が必死になって頑張ってきた内は、官僚機構はただ方針だけ示して、その路線に乗って肥大化していけばよかったのですが、今や経済が行き詰まって、年金も税収も破綻しつつある中で、意識変革も方向転換も出来ずに、次第に無責任、無関心、無感動、無気力が蔓延し、幾多の欠陥が露呈してきたようです。実に従来のやり方が通用しなくなって新たな方途を模索していかねばならないのに、過去のあまりにも官僚に依存した成功体験が、改革の最大の障害になってきたようです。そもそも一体何が崩壊の原因であり、また真の解決の方策であるのか、全く盲目になっているものであり、実に旧ソ連の崩壊前夜と同じ現象に陥ってきたようです。
既に指摘したように、現下の危機に際して、改革を大きく阻んで亡国に導こうとしている最大のガンや寄生虫は、実に現状維持に固執する役人根性に代表される国民性に他ならず、この役人根性や官僚体制を根底から改造することでしか、日本の歴史的再生は有り得ないように思います。
今やこの官僚体制、役人根性は甘えや集りとなって国民全体に蔓延して、既得権益擁護の島国根性として、国民全体の意識変革が迫られているように思います。それと合わせて、歴史的大改革を実施するリーダーの登場が必須でありましょうが、官僚任せの単なる丸投げ、投げやり、やりっ放しではなく、崇高な指針・理念と、展望、意志、情熱の下に、自らリーダーシップを発揮し、国民を指導する身命を賭した指導者の登場が求められていると言えるでしょう。
それには、出る杭は打つといった嫉妬や妬みの強い日本人の国民性をも大きく是正していく必要が出てきたようです。何故なら、何でも形式やしきたり、そして先例、前例、先入観や固定観念、既成概念に囚われて行き易い日本人の国民性では、真の指導者を選択すら出来ないものと思います。
正に混迷し破綻する日本の現状に対して、根底から改革をしていかねばならない最大の課題こそ、この嫉妬や妬みが充満し、形式に囚われ閉鎖的な国民性の変革にあると言えるでしょう。実に国民性の変革と、崇高な指導理念による指導者の登場とは正に一体であろうと思います。
歴史の転換における障壁として、幕末においては、封建的身分体制に固執した武士階級の頑迷な思考が、近代化を阻んでいたとも言え、大東亜戦争時においては、硬直化した軍人思考や行動が国際情勢の把握に関して、大局的視野や柔軟性に欠けていたことは否定できません。
そして、今時の改革を阻んでいる存在こそ、無責任、先送りの官僚システムであり、役人根性であり、閉鎖的で近視眼的な島国根性に他ならないものと言えるでしょう。この島国根性という根本的な意識は、数百年前から、何ら変化していないものであり、それ故に、今時の改革は実に歴史上最大のものとなっていかざるを得ないと思います。
なお、大局的視野とか国際感覚とか言うのは、何も英語を話しているから国際感覚が豊かで、外国的思考が理解できるという単純なものではなく、囚われない世界的(グローバルな)視野で発想が展開できるかという、正に独創的、創造的で洞察力や先見性に富んだ柔軟で気宇壮大な思考が可能かどうかに係っているものでしょう。
何も英語を話せなくても、外国人の気持ちが理解できたり、国際感覚が豊かな者もいるし、反対に外国語が話せても、思考は悪い意味での旧来の日本人的島国根性、役人根性に凝り固まった発想しか出来ない者もいるのも確かでしょう。要は、従来の日本語感覚では大局的視野や国際感覚が切り開かれていけないことが多いものと思います。
|
|