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核武装は、インド、パキスタン、そして北朝鮮やイランなどには容認しても、日本やドイツには決して容認するものではないと解っていても、矢張り、周辺諸国が核武装していく限り、日本もそれに対抗して核武装するのは当然であり、ましてや米国の衰退と共に、米国の核の傘も無能になっていく傾向にあります。
ところが、核武装論議すらタブー視されて、精々が抑止力として保有すれども、国際法違反で使用せずが洗脳・呪縛・支配し、全く、抜かない刀は単なる飾り物であり、何ら抑止効果もないことが解っていないようです。これを乗り越えられない限り、日本は自主防衛を放棄して、おんぶにだっこの米国にも見捨てられて行った暁には、世界の孤児になっていくことでしょう。現に、英米が北朝鮮に接近して交易を開始しようとしている状況下で、日本は世界の潮流を見誤って取り残されていくことでしょう。
ソ連の本土侵略や本土参戦は有り得なかったとの論議が定着しておりますが、これは当時のソ連が爆撃機や上陸用艦船を保有していなかったからというものです。それならば、一体、どうして満州へのソ連参戦ぐらいで終戦したのかで、全くの論理矛盾です。本土決戦を決意して、何処までも徹底抗戦する方が良いのだったら、ソ連参戦ぐらいで終戦すべきではなかったはずです。
何処までも原爆投下の効果を認めたくない気持ちは分かりますが、原爆投下で戦争を終結できたと言うことは、ソ連占領や分断支配を回避できたことで、災い転じて福と成したことが理解できないようです。相互に絡み合った一連の流れの中で客観的に総括していくことが大切なのに、これでは正しい因果関係を総括できないようで、戦略的思考に欠けるというものです。
たとえ、爆撃機や上陸用艦船がなくても、北方領土への侵攻があったことからも解るように、僅かでも侵攻して橋頭堡を作ればお手上げになることもあるのです。必ずしも、軍事占領支配する必要もないのであり、戦後の発言権を確保した上で、占領要求することもあるのです。
実際に、台湾の蒋介石政権が九州の占領支配を要求し、英仏、オーストラリアなども、四国や中国などを要求してきましたが、占領実績がないことでマッカーサーから拒絶されたものでした。それからすると、単に、爆撃機や上陸用艦船が無かったから、軍事支配など有り得ないというのは、余りにも近視眼的発想でしかありません。
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