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大多数の日本人は、米国に迎合か反発かの二者択一の短絡的発想に留まり、戦略的に真実を洞察できる者は皆無ではないだろうか。これでは、残念ながら、日本は近未来的にも新たな脅威にも適切に対処できないと思う。
戦争の一シーンの原爆投下という一事件だけ捉えて、感情的、情緒的に反発しても既に過去のことであり、それを超えて、大東亜戦争の歴史全体を概観できるようにならなければ、日本人は何時までも、まさかを仮定した危機管理意識を醸成できないであろう。
なお、原爆投下で偶々、米国と見解を同じにしたところで、全ての見解を同じにしたわけではない。例えば、大東亜戦争は侵略戦争であったとかの東京裁判史観に与するものではない。賛同するところは賛同して、歴史を正しく客観的に評価できなければならない。
今や国民全体に、原爆投下に対する画一的情緒的反発から、日本は核兵器に対する嫌悪感が蔓延し、核保有論議もタブーになっており、核兵器=犯罪・危険=廃棄のワンパターンでしかない。核兵器に対する戦争抑止効果や、報復・対抗、終結に至る戦略的発想がない。
万一、再度、周辺諸国から核兵器が行使されても、日本人の大多数は政治家も含めて、「人類、人道に対する犯罪行為です」と喚くだけであろうし、当方は「こんな国民性では仕方なかった」と世界の大多数の歴史家と同様に総括するだろう。
米国に対する原爆投下と同じで、対ロシアに対しても、日本はロシアを当然ながらシベリア抑留、北方領土占領と、負のイメージでしか見ていないが、情緒的な判断を超克して過去を正しく洞察して超克できなければ、何時までも戦略的思考ができないだろう。
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