ここで、KGBファイルの記録として書かれている。読者も口をとがらかさずに、まずは「言い分」を聞いてみよう。それによると、生まれは1954年4月20日(ヒトラーの誕生日に合わせたか)、東ドイツ。「公式」の発表では、1954年7月17日、ハンブルクとされているが、なぜか父親の都合で、1954年に東ドイツに移住している。母はヒトラーの愛人(最後に結婚)だったエバ・ブラウンの妹グレットル。人工授精を行った医師は、Angel of Deathとして恐れられたナチ医師のひとり、Carl Clauberg博士。彼は戦犯として、ソ連で懲役25年の刑を受けたが、なぜかわずか7年、つまり1952年に仮出獄。しかし、この世紀の人工授精が成功したことで、用なしとなり、1955年に再び逮捕され、1957年8月に暗殺されている。ヒトラーの娘の誕生を認めたのは、ソ連、米国、バチカン。彼女はルーテル教会の管理下に置かれた。彼女の父親がルーテル教会の牧師とされているのはそのためであろう。