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悪趣味な例文

 投稿者:19800円メール  投稿日:2008年 8月17日(日)21時00分29秒
返信・引用
  受験生のころ、古本屋で英語の参考書を買った。
少々黄ばんで角が傷んでいたがカキコミが少なく、激安だった。
受験生の愛読書として長年定評のある参考書だった。

帰宅して読み始めると、解りやすく買って良かったと上機嫌だった。
当時寝る時はウォークマソで英語のCDを聞きながら眠りに付くのが習慣だった。
いつも通りCDを聞きながらベッドに入っていると、グォ…ゴゴ…と電話の混線みたいな雑音が入り始めた。
最初は小さい音だったが、次第に英語が聞き取れないくらいの大きな音になった。
買ったばかりのウォークマソが故障したのか?まさか?と、何度も電源切って入れて、リピート再生したりした。
やっと順調に英会話が流れるようになった。

いつの間にか眠ってしまった。その日久々に夢をみた。
ひどい夢だった。学帽をかぶった学生や、紺のブレザーの高校生が洗濯物のように一列に並んで、首をつっているのだ。
僕はその光景を遠くから見ていた。
首吊り学生達は、白めをむいて、口々に英単語らしきものを叫んで揺れていた。
その夢は連日続き、CDも相変わらず雑音が入るので聴くのを辞めた。勉強が手に付かなくなってきたので、兄に相談した。

「そのCDもってこいよ。オレのプレーヤーで聴いてみる」
兄がCDをかけた。やっぱりところどころ雑音がグォ…ガガ…ウオオ…。
兄「リスニングできないほどの音じゃないじゃん。気になるならCD買い換えるしかないな。ところで、リスニングの成果は上がってるのかよ」
オレ「うん、ほとんど暗記できてるよ。毎日聴いてたから…」
兄「じゃ、これは何ていってる?一番最初の会話」
"I've heard he~…"
"Well, he commi~…"
オレ「あれ、こんな会話あったかな?一番最初のは天気の話のはずだけど?It is the hottest summer that Tokyo has had in 30years....」
兄「ぜんっぜん違うだろーよ。ダメダメだな~オマエ、もう一回聴け」
" I've heard he's dead" " Well, he committed suicide by hanging himself"
兄「彼、死んだんだってね。そうよ。首をつって自殺したのよ。だろ」
オレ「な、なんだよそれ!そんな例文あるわけねーだろ」
兄「まー確かに悪趣味な例文だ(笑)」
オレ「そんな例文なかったってば!今まで!」
兄「言い訳するなよ。勉強不足なんだろ」
突然、CDプレーヤーから大きな雑音がした。
グォグオオ…グオー!ウオオオ…アアアアアアーーーヒーーーッヒヒ!
最後は人間の笑い声のようだった。
オレ「今の雑音…人間の声みたいじゃん!何かあるんだよ!変だと思ってたんだ。そうだ、あの本を買ってからオカシイんだ!」

直ぐ部屋から例の参考書を持ってきて、兄に渡した。
「別になんともねーじゃん」
兄はパラパラと本をめくった。
オレ「いや、それを買った日から雑音が始まったし、変な夢もみるようになったんだ」
兄「受験ノイローゼじゃねーだろうな。さっきの雑音だって別に…」
くまなく調べようと、兄は表紙を外して裏返した。
そこには…

『今度落ちたら死にますお父さんお母さんごめんなさい』
『モウツカレタ…オワリニシヨウ』
『○X大学地獄に堕ちろ!堕ちろ堕ちろ!』
『受験戦争を恨みます。僕の18年間は不幸でした。バイバイ』

様々な筆跡の受験生達の呪詛がビッシリと刻まれていた。
 
 

トーテムポール

 投稿者:ゆっくり銀河メール  投稿日:2008年 8月14日(木)21時34分12秒
返信・引用
  前話の「横断者」と同じく「阪神高速道路」の集中工事の際に起きた話である。

その日、Nくんは遅めの食事を高速道路上で取っていた。
工事中、保安の関係で警備員は一斉に食事休憩を取ることはない。
大概は、ローテーションで少数づつ休憩を取るか、休憩抜きになる。
その晩Nくんはローテーションの最後の順番で、休憩に入った時は3時近くになっていた。
食事休憩と言っても高速道路の上である。
勝手に下に降りるわけにもいかないし、当然、ゆっくりと休める場所は無く、Nくんは長く伸びた工事帯のはずれで1人食事を取っていた。

道路の上に腰を降ろし、工事前に買ってきたパンをほおばろうとしたときだった。

「おっ? 今頃食事かぃ? 遅いじゃないか…。」

と、声をかけられた。
見ると、顔見知りのトラックの運転手が彼を後ろからのぞき込んでいる。

「そうなんですよ、おなかが減っちゃって…。 運転手さんはもう食べたんですか?」
Nくんは運転手にそう返した。

「いやぁ、俺らもまだなんだわ。 それにしてもおいしそうだなぁ。 ちょっとくれよ!」
運転手は冗談半分にパンに手を伸ばした。

「またまたぁ…ダメですよ!」
Nくんは運転手からパンをさっと隠すと笑った。運転手も、その様子を見て笑った。
「邪魔したな。じゃ、また!」
そういうと、運転手は工事帯の奥の方にある自分のトラックの方へと歩いていった。
      ×      ×      ×
4つ程のパンを食べ終え、最後の1つをビニール袋から取り出そうとしたとき、Nくんは背後から再び声をかけられたような気がした。
ちょっと、目線を送ると彼の後ろから誰かがのぞき込んでいる。

「はは~ん、運転手さんだな…」

彼は顔の方に首を向けた。
しかし、その顔は運転手では無く、知らない中年の男の顔だった。
暗い高速道路上でその顔は、いやに白く光って見えた。
さらに、目線を上げるとのぞき込んでいるのはその顔ひとつでは無かった…。
その白い顔の上から、もうひとり中年の男がNくんをじっとのぞき込んでいる。

「なんだろう? 俺なんかしたかな?」
そう思った彼は、男達の顔を見るべくパンを道路に置き、ゆっくりと体をひねった。


「い、いっ!?」


Nくんをのぞき込んでいたのは2人では無かった。
その2つの顔の上で、さらに3人の男が彼をのぞき込んでいた。
しかも、どの顔にも首から下は無い…。

胴体のない白い顔だけが真っ直ぐ上に5つ並んで彼をのぞき込んでいたのだ…。


「あっ!……トーテムポール……」


Nくんは次の日から仕事を休んだ…。
 

良栄丸事件

 投稿者:こーりんメール  投稿日:2008年 8月13日(水)20時38分5秒
返信・引用
  俺が知ってる実話怪談で一番怖いヤツを…知ってる人は知ってるだろうが、あの海難事故『良栄丸事件』を…

・発見されたミイラ船
1927年10月31日、カナダ西海岸バンクーバー島。
ワシントンのシアトル港への帰路についていたアメリカの貨物船「マーガレット・ダラー」号は、行方不明になっていた小型漁船「良栄丸」を発見した。
ボロボロに朽ち果てた船体、ミイラの転がる甲板、激しい死臭、白骨体、足の無い死体。
船室には、頭蓋骨を砕かれた白骨体とミイラがあった。
船室奥の部屋には、おびただしい血痕が染み付いていた。
船尾の司厨室では、海鳥の白い羽が至るところに散らばっており、コンロの上にあった石油缶の中には、人の腕が入っていた。
船内には食物も飲料水も無く、エンジン機関部は全て破損していた。
ところが、船長室から見つかった3冊のノートには、信じられない惨状が書かれていたのだった。
そのノートによると、良栄丸の情報は以下の通りだ。

重量は19tで1本マスト
船主は和歌山県の藤井三四郎
船長は三鬼時蔵
機関長は細井伝次郎
乗組員は12名
神奈川県の三崎港を出港したのは1926年12月5日
約1年間漂流していた
ここで疑問が浮かぶ。
発見された死体は9体、記録には12名とある。
3名はどうなったのだろうか。


・不幸な漁船
1926年12月5日、神奈川県の三崎港を出港した良栄丸は、千葉県銚子沖にマグロを求めて進んでいた。
天候も思わしくなく、エンジンが調子の悪い排気音を立てていたため、翌12月6日に銚子港に寄港した。
しかし、エンジンに故障はなく、銚子の沖合いで大量のマグロを水揚げした。
が、暴風に見舞われて航行不能に陥ってしまった。
そして12月15日、銚子の東方沖合い1000マイルほど流された時、紀州船によく似た船が現れたので、信号を送ったり船員が叫んだりしたのに、応答も無く通り過ぎてしまったという。
三鬼船長は漂流を決意、記録には
「4ヶ月間は食べられる」
と書いてあった。
12月16日にも「東洋汽船」と書かれた船が近くを通ったが、応答はなかったという。
なんとか日本へ戻ろうと努力したが、どうやっても逆に流されていった。
記録にはこう書かれている。
「どう工夫しても西北へ船は走らず絶望。ただ汽船を待つばかり。反対にアメリカへ漂着することに決定。帆に風を七三にうけて北東に進む…。しかし、漁船で米国にたどりつこうとするは、コロンブスのアメリカ大陸発見より困難なりと心得るべし」

・恐怖の記録
ここからは説明は要らないだろう。
記録文のみで充分に迫力が伝わってくる。

「12月27日。カツオ10本つる」
「1月27日。外国船を発見。応答なし。雨が降るとオケに雨水をため、これを飲料水とした」
「2月17日。いよいよ食料少なし」
「3月6日。魚一匹もとれず。食料はひとつのこらず底をついた。恐ろしい飢えと死神がじょじょにやってきた」
「3月7日。最初の犠牲者がでた。機関長・細井伝次郎は、「ひとめ見たい…日本の土を一足ふみたい」とうめきながら死んでいった。全員で水葬にする」
「3月9日。サメの大きなやつが一本つれたが、直江常次は食べる気力もなく、やせおとろえて死亡。水葬に処す」
「3月15日。それまで航海日誌をつけていた井沢捨次が病死。かわって松本源之助が筆をとる。井沢の遺体を水葬にするのに、やっとのありさま。全員、顔は青白くヤマアラシのごとくヒゲがのび、ふらふらと亡霊そっくりの歩きざまは悲し」

「3月27日。寺田初造と横田良之助のふたりは、突然うわごとを発し、「おーい富士山だ。アメリカにつきやがった。ああ、にじが見える…。」などと狂気を発して、左舷の板にがりがりと歯をくいこませて悶死する。いよいよ地獄の底も近い」
「3月29日。メバチ一匹を吉田藤吉がつりあげたるを見て、三谷寅吉は突然として逆上し、オノを振りあげるや、吉田藤吉の頭をめった打ちにする。その恐ろしき光景にも、みな立ち上がる気力もなく、しばしぼう然。
のこる者は野菜の不足から、壊血病となりて歯という歯から血液したたるは、みな妖怪変化のすさまじき様相となる。ああ、仏様よ」
「4月4日。三鬼船長は甲板上を低く飛びかすめる大鳥を、ヘビのごとき速さで手づかみにとらえる。全員、人食いアリのごとくむらがり、羽をむしりとって、生きたままの大鳥をむさぼる。血がしたたる生肉をくらうは、これほどの美味なるものはなしと心得たい。これもみな、餓鬼畜生となせる業か」
「4月6日。辻門良治、血へどを吐きて死亡」
「4月14日。沢山勘十郎、船室にて不意に狂暴と化して発狂し死骸を切り刻む姿は地獄か。人肉食べる気力あれば、まだ救いあり」
「4月19日。富山和男、沢村勘十郎の二名、料理室にて人肉を争う。地獄の鬼と化すも、ただ、ただ生きて日本に帰りたき一心のみなり。同夜、二名とも血だるまにて、ころげまわり死亡」
「5月6日。三鬼船長、ついに一歩も動けず。乗組員十二名のうち残るは船長と日記記録係の私のみ。ふたりとも重いカッケ病で小便、大便にも動けず、そのままたれ流すはしかたなし」
「5月11日。曇り。北西の風やや強し。南に西に、船はただ風のままに流れる。山影も見えず、陸地も見えず。船影はなし。あまいサトウ粒ひとつなめて死にたし。友の死骸は肉がどろどろに腐り、溶けて流れた血肉の死臭のみがあり。白骨のぞきて、この世の終わりとするや…」

奇妙な事実

しかし、記録を調べるうちに、奇怪な事実が浮かびあがった。
数十回に渡って他の船にであっていながら、救助に応答する船は一隻としてなかったことだ。
そして、吉栄丸は太平洋横断の途中、たった一つの島さえも発見できなかったのである。
しかし、アメリカの貨物船「ウエスト・アイソン」号のリチャード・ヒーリィ船長は、次のように述べている。

「1926年12月23日、シアトルから約1000キロの太平洋上で波間に漂う木造船を発見したが、救助信号を送っても返事が無いので近づきました。
しかし、吉栄丸の船窓や甲板に立ってこっちを見ていた10人ほどの船員は、誰一人として応えず、馬鹿らしくなって引き上げたのです」

だが吉栄丸の記録にこのことは書かれていない。
一体、彼らにはなにが起こっていたというのだろうか。
 

横断者

 投稿者:ゆっくり銀河メール  投稿日:2008年 8月13日(水)20時33分36秒
返信・引用
  そのころ私は、大手警備会社に所属していた。
この話は、同僚の警備員Cが話してくれたものである。

彼は阪神高速道路の夜間集中工事の警備の応援ため東京から神戸へと出張していた。
応援と言っても作業自体、難しい物でも無く、東京でよく行われている高速道路の集中工事とさほど変わるはずもなかった。
高速道路上で工事車両と一般車両の接触事故が起きないように、高速道路の車線を規制する-------それだけのことであった。
ただ一般の道路工事と違うのは、作業が高速道路上のため、トイレや食事で高速道路を降りる訳にはいかない。
そこで、作業員はあらかじめ食事を持参し高速道路上の安全な場所で食べ、トイレは工事終了まで、ひたすら我慢しなければいけなかった。

その日もCくんは、工事帯の中程で、工事車両の出入の管理をしていた。
夜8時から始まった工事はいつしか真夜中になっていた。
すると、工事帯先頭にいるはずの新人のSが、彼の方へと泡を食って走ってきた。
Sの持ち場は工事帯の先頭で誘導灯を振り、走ってくる車に工事帯の存在を促し、工事帯へ車両が突っ込まないようにしなければならない最も重要な場所である。
そこを、勝手に離れた事にCは怒鳴った。

「こらS! すぐに戻れ! トイレだったら我慢しろって言っただろ!」
しかし、Sは違うとばかりに、大きく首を横に振りながら走ってくる。

「ちゃうんす!せんぱい!、お・お・俺、みちゃったんです!」
しかし、CくんはSのいいわけを聞こうとしなかった。

「いいから、戻れ!」
しかしSは、Cのもとに来ると、半べそをかきながら、

「イヤっす。出たんすよ!だから、あそこはイヤです。」
と訳の分からない事を言ったまま、持ち場に戻ろうとしない。
仕方なく、CくんはSにその場を任すと、自らSの持ち場である工事帯先頭へと向かった。
幸いSのいない間に問題はおきておらず、急いでCくんはSの代わりに誘導灯を振り始めた。

  ※      ※      ※

…1時間を過ぎても何ら異常や変化はなかった。

「あいつ、何が嫌だったんだろう?」

Cくんがそう思っていたそのときであった。
中央分離帯の柵の上で何かが動いた。

「えっ?!」

それは、中年の男だった。
服装からしても作業員ではない。
カッターシャツを着た男が柵の上からこちらの車線を伺っている。

「車両トラブルか?」

反対車線で車にトラブルか何かが起きて、Cくんから20メートル程前にある「緊急用電話」に男は向かおうとしている、そう彼は思った。
しかし、車の流れは、深夜になり少なくなっているとはいえ、ほとんどの車は時速100キロ近くを出している。
遠くに見えている車も、あっと言う間に目の前を通り過ぎて行く。
そんな中を「緊急用電話」を求めて車線を横断するのは危なすぎる。

「おい!危ないぞ~っ!!動くなぁ!」

Cくんは、叫んだ。
しかし、その声は男には聞こえてはいない様子だった。
男は、一瞬「ゆらっ」としたかと思うと、こちらの車線へ降り立ちゆっくりと「緊急用電話」へと歩き始めた。

「危ないから戻れ~!!」

Cくんはありったけの声を出して叫んだが、男には聞こえていない様子だった。
そこに、けたたましい轟音と共に大型トラックが走ってきた。
トラックは男に気づいていないのか、一向にスピードを落とす気配はない。
そしてトラックのヘッドランプが男を照らしだした。

「あっ!」

その瞬間、男はヘッドランプの光に溶けてしまうように、すっと消えてしまった。
トラックは何事もなかったかのように、彼の横を通り過ぎていった。
Cくんは目の前で何が起こったのかわからずに呆然としていた。
そして、Sの言っていた言葉を思い出し身震いした…。

「あいつ、このことを言っていたのか…」

Cくんが、気を取り直して仕事を続けようとしたそのとき、ふたたび中央分離帯で何かが動くのを見た。

…さっきの男が柵の上でゆっくりとこちらの車線を伺っていた…。



この話は、この工事に関わった複数の同僚から似た話を聞くこととなった。
中には、大勢の人間が行列をしながら数分に渡って横断していたと言う話もありしばらく会社ではこの話で持ちきりとなった。
しかし、原因は不明のまま、この場所は3ヶ月後、阪神淡路震災で大破した。
 

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